山猫アウトドア備忘録

最近はたまにしか外で遊べない男の備忘録です

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南ア・悪沢〜聖岳

久しぶりの更新になる。
乗鞍岳ラストスキー以降、家の近所で自転車を乗り回す日々が続いた。まるで中学生男子の無目的な自転車徘徊のようだが、ガニマタでゆっくり乗り回しているのではなく、千葉や埼玉まで視野に入れたサイクリングであった。また、7月は毎夜のごとくツール・ド・フランスの生放送を観戦していてそれ以外のことは考えられなかった。クリス・フルームは盤石だったが、新星キンタナの伸びや、さすがのペーター・サガンに期待したい。これらはいちいち別項でレポートすることもないので割愛。

夏の仕事山行は白山だった。最初は荒島岳に近い福井県側の登山口から避難小屋利用で北に縦走し、白山山頂を極めてから別当出合に下山する予定だったが、7月末の北陸は梅雨の末期で毎日雨が降り、白山に向かう前に少年たちのテントが雨漏りしてしまい、再度金沢から入山して南竜小屋のケビンを借りる方向で計画変更を余儀なくされた。私は移動途中にそれを知らされて急遽小松から乗合タクシーで別当出合に向かい、合流して入山したが、入山時の土砂降りには参った。しかも南竜ヶ馬場から軽装で山頂ピストンを試みたら山頂直下で土砂降り&落雷に見舞われ、這う這うの体でいったん退却、再度翌日ピストンを敢行し登頂を果たした。落雷が近づいた時は職を辞する覚悟をした。この山行もカメラを持たなかったので割愛。

ということで本題だが、お盆過ぎの8月下旬に自転車で佐渡を一周するか、数年来の宿題の南ア南部縦走にするかかなり悩み、後者を選択した。結果的には、天候に恵まれ、二度に分けて考えていた山行が一度で済んでしまい、聖岳まで足を伸ばすことができた。これでようやく南アの3,000m峰は全制覇である。さらに、千枚小屋で一緒になり悪沢岳あたりから前後になって歩いていた単独登山者と交流を深めることができた。山で繋がる友人関係はとても嬉しい。

8月25日(日)移動日
雨の東京を後にして、静岡市葵区の畑薙第一ダムを目指す。9時発、雨のせいか渋滞ほとんど無く14時着。初めて新東名を走ったが眠い道で、静岡からの県道27号と60号は逆にすれ違いも難しい屈曲路で余裕もなくなる極端な往路だった。静岡からのアクセスの悪さが南ア南部の第一の関門だ。

予定通り14時30分の東海フォレスト送迎バスに乗る。14時に出た臨時便は満席だったが、定時のバスは6名しか乗っていなかった。登山の世界では有名だが、南ア一帯の樹林帯は東海パルプの私有地で、南ア南部登山のベースになる椹島(さわらじま)までの林道は一般車通行止、山小屋の管理を請け負っている東海フォレストの送迎バスに乗らないと林道の行程を短縮できない。このバスは林道を走る関係で営業バスではないので、バス乗車時に支払う3,000円はバス料金ではなく、椹島以降の山小屋の宿泊費の一部前払いである。この制度に対する意見はいろいろあるようだが、今回はテント山行でなくて登山小屋泊を選択したので私は抵抗感はなかった。

この日は移動日と割り切ったので椹島ロッジ泊。バスに同乗してきた同世代の男性Iさん(千葉県の同業者と判明)と同室で、4人部屋を2名で使えた。

8月26日(月)椹島ロッジ〜千枚小屋 5時間30分 曇り
朝6時、今回は赤石岳方面へ直登して聖岳を2泊でめざすというIさんと別れ、私は林道を少し奥へ進んで滝見橋から千枚岳方面への登山道へ分け入る。すぐにつり橋を渡り、尾根をめざす急登に入る。昨日バスで一緒だったテント泊夫婦やその他の登山者を追いかけていたのだがいつの間にか抜いてしまい、7時に鉄塔下、8時に小石下、9時に清水平で休憩を取る。いい調子だが、私の前方にいる2人の女性のペースがなかなかいいので引っ張ってもらっている感じ。10時ころ見晴台で2名の女性に追いついたが、2人パーティではなくそれぞれ単独で関西からこられた方のようだ。そのうちのお一人が最後までご一緒した和歌山のKさんだった。その後は3名で11時30分に千枚小屋着。まだ午前中なので先に進めるといえば言えるのだが、天気は曇りで稜線に立っても展望が望めないし、最初の計画通り千枚小屋で泊まることにする。他にまだ先客はないので、ヒマを持て余す。腹が減ったので昼食を頼んだり、手ぬぐいを買ったり、外に出てマッタリしたりしているうちに午後が過ぎていった。気温が低く、着込んでも寒い。そのうちだんだんと寝床が埋まってきて、団体客ツアーも来た。ツアーは事前に予約済みで別棟で宿泊なので特に気にならないのだが、少人数や単独者でほぼ70人となり満員だ。平日なのでもっとゆったりできるかと思いきや、予想を裏切られた。で、私の隣の備え付けシュラフに偶然やってきたのが、当日朝のバスで登ってきた(つまり私の3時間遅れで到着した)、Hさんだった。Hさんとも結果的には下山まで同行することになる。Hさんは一見スキンヘッドで強面の男性だが、実に社交的で明るくて楽しそう。だがその日はそんなに話し込むこともなくて、それぞれの翌日からの行動が主な話題だった。夕食は実に贅沢で、生野菜が食べられたのは嬉しかった。

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登山口
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すぐの吊橋
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新装千枚小屋外観
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まだ誰もこない

8月27日(火)千枚小屋〜百間洞山の家 8時間30分 曇りのち晴れ
久しぶりに山小屋に泊まり、テント泊とは勝手が違うので大事を取ってラジオをイヤホンで聴きながら眠りに落ちたが、外のトイレへの出入り口に近かったせいもあって何度か目覚めた。寝しなにHさんが4時に起こしてくれというので起こそうと思ったが、その必要はなかった。4時20分から朝食を摂った。外のトイレが5つほどしかないのでトイレ待ち大渋滞が予想されたものの、杞憂に終わった。しかも快便。スッキリして5時から登り始める。すぐに12名ほどの団体を抜かせてもらい、千枚岳山頂(2,880m)には5時35分着。和歌山のKさんは先行していて挨拶もそこそこに入れ違いになる。山頂で写真を撮ってもらい、ガレ場を下って丸山(3,032m)に登り返す。早朝のガレ降りは好きではないが、そんなに難しい場所でもないので慎重に通過。丸山は名前の通りのやさしい稜線の山で西隣の悪沢岳とは好対照だが、インパクトがまったくない山のくせに3,000m峰だ。6時20分着。確かここら辺りで和歌山のKさんに先行させてもらったような気がする。しだいに巨岩・奇岩が増えてきて、悪沢岳の頂上に到着、6時45分。なぜかガスの中を奇声を上げながら降っていくサルを見かけた。

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早朝の小屋(富士山見えず)
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まだ残っていた
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いかにも「悪」登場

山頂には先行していたHさんがいて、証拠写真を撮ってもらった。Hさんはここで太陽を見たいと思ってしばらく待っていたようだが、ガスの中で期待外れ、中岳方面へ先行した。私も少し休憩、Kさんが到着したころにゆっくり歩き始め、悪沢のガレ急降下に入った。ここがこの日の核心部である。かなりの急降下だったが、歩きながら稜線の北の方の視界が広がった。塩見岳・農鳥岳・間ノ岳が見える。いよいよ晴れてきた!
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左から塩見、間ノ岳、農鳥
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悪沢を振り返ると幻想的

最低鞍部(2,973m)に降りたって少しほっとしたのち、荒川中岳(3,083m)に登り返す。いよいよ登り降りの標高差がビッグな南ア縦走が本格ステージに入った。中岳避難小屋で8時、Hさんとも合流。ここから3人で赤石岳方面へ向かうことにするが、私はどうしても荒川前岳(3,068m)を踏んでおきたかったので分岐点から5分間だけ逸れ、西側の荒川大崩壊地をのぞき込んでからルートに戻った。

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ああ、登りか・・
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赤石登場
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大崩壊地

荒川小屋まで大きく降る。お花畑が広がっているが、夏も終わりに近づいて花の種類も少なくなってきているようだ。鹿よけの柵を4回ほど通り抜けて、こんな高山なのに丹沢のような風景に出くわして興ざめである。9時、荒川小屋着。「悪沢岳」とデカデカと漢字でプリントされた手ぬぐいを買う。手ぬぐいも一枚700円もするので、何枚も買っていては金がなくなる。もともと2泊の予定で予備としてプラス1泊分しか持ち合わせがない。

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赤石岳と荒川小屋
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着きました

大聖寺平に10時20分、なぜかネパール人のガイドを連れたジイサンがいた。しだいにつま先上がりになり、小赤石岳への急登が始まる。大聖寺平の最低鞍部からは300mの標高差。キツイ、苦しい、水が欲しい・・ようやく3,000m台に乗れば、ゆるい稜線歩きになって11時10分に赤石岳山頂到着。天気もいい、富士山・南ア北部・中央アルプスなど周囲の山々がすべて見渡せる、という好条件で、もう赤石小屋に降りたくなくなった。あまりにももったいない。同じように降るか前進するか悩んでいたKさんに、「今日は百間洞まで行きますっ!」と宣言したら、Kさんもその気になって聖岳をめざすことになった。幸い山頂ではうまくすると携帯が繋がるので家族にメールを一本入れる。Hさんは百名山ハンターなので、このまま光岳まで縦走するために前進あるのみなのだが、どうも聞いているとかなりコースタイムが私の地図と違うようで、ちょっと無理ではないかと思えてしまう。

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Kさん
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Hさん
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山頂到着

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聖君登場、兎君との鞍部が恐ろしか〜
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さすがに疲労の色が・・
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こぢんまりと百間洞山の家

赤石山頂から西に降り、12時30分百間平、13時30分に百間洞山の家着。またもかなり早めに到着できたようだ。もう小屋の標高は2,400mに近く、暑く感じる。百間洞山の家といえば、夕食に揚げたてのトンカツや蕎麦が提供されることで有名である。それを目当てに私とKさんは2食付きで申し込み、Hさんはそれを知らずに素泊まりにしてしまった。Hさんがその後悔しがったことは言うまでもない。
小屋で向かい側のスペースに大型ザックの若者が5人いた。聞けば三重大学のワンゲル部員で、テントポールのミスでこの日は小屋泊まりにしたという。楽しそうに「大貧民」をやっている若者を我々オッサンオバサン三人組はほほ笑ましく見ていたのだが、彼らとも椹島で再会することになる。

また、我々の隣に70代の男女が来た。聞けば日本百高山(富士山をトップにした100の高標高の山)のコンプリートが兎岳で達成ということらしい。どちらもユニークな人で、女性の小屋に対するクレームと、男性の驚異的な歩きの速さに驚かされた。この日の小屋も、ゆったり少人数で過ごせると思いきや、夕方近くになってぞろぞろ到着した人が現れ、千枚小屋から朝イチで抜かした宮崎県からの団体ツアーも11時間ほどかかって到着した。混んでいたせいか、70代の男女とシュラフ越しに触れあってしまったせいか、眠りが浅かった。

8月28日(水) 百間洞山の家〜聖岳登山口 11時間 晴れ
朝食4時、出発5時。Kさんと、もしお昼までに聖平小屋にたどり着けたら、そのまま椹島へ下山してしまおうということにする。Hさんはまだ茶臼岳から光岳への縦走の可能性を捨てきれないでいる。光小屋の予約までしているのだ。
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手前、中盛丸山。丸くないが・・
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富士朝焼け
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山の影
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いくつかのピークを越えてきた

まずは中盛丸山(2,807m)までのいきなりの急登。6時着。山の影が山頂の西側に見える。ここからアップダウンの連続である。150m降って小兎岳(2,738m)へ登り、少しくだって小ピークに登り返してまた100m近く下降、兎岳への急登に取りつく。7時30分、兎岳山頂着。70代のオジサン(恐ろしく速く歩いてオバサンを待っている)に先行して下降。ボロボロだが少し復活したらしい兎岳避難小屋を右手に見ながら、200m下降、飯田市側は崩壊地になっているので際どいコースだ。小さなピークは静岡市側に巻いて、赤いチャートが露出しているコルに出た。ここから聖岳山頂まで標高差400mの急登である。この山行最後の大登りだが、最初はかなりの急斜面&ガレ場で、どこに登山道がついているのかすらよくわからない。半分近く登って2,800m近くになると先が見えてくるが、見えているピークが山頂ではない。登り途中で一度休憩を入れて、9時30分前聖岳山頂(3,013m)着。やった!南アルプス3,000m峰コンプリート。Hさんはここで光岳までの縦走を断念した。小聖山頂で小屋に電話をかけてキャンセルし、椹島まで同行することになった。しかも帰りの毎日アルペン号までキャンセル。私の車に同乗してくれることになった。静岡駅まではKさんを送ることになったので、これは一種の珍道中である。
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左側は崩壊しています
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まだピークではない
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ついに登頂

下山。11時30分聖平小屋。東海フォレスト管理の小屋とは違う空気がそこにはあり、一度泊まってみたい気持ちもないではない。特に小屋前のテント場はとても快適そうだ。しかしまだ時間はある。ジュースを買って飲んで、長い下りに入る。最初はゆるくて小沢の近くを通る快適な道だったが、対岸に渡ってからは高巻きをしたりツヅラ折れの急下降がいつまでも続いたりして、ウンザリしてくる。樹相も何となく丹沢に似てきて、どうも面白くない。聖沢吊橋を渡ると、今度は桟橋の連続となるトラバース。ひたすらトラバース。標高1,500mになってからぜんぜん高度が下がらない。そのうち、下の方に緑の屋根と茶色の壁を持った人工物(小屋だね)が見えたような気になってくる。もちろん、一種の幻覚である。あまりに長いので出くわしたいものが林間に見えたりするのだが、もちろんそんなものはなく、おかしなことに三人とも同じような人工物があるように錯覚してしまった。
そんなこんなで16時、聖岳登山口に無事下山。このまま林道を椹島まで歩くことが一般的かもしれないが、まもなく定期便のバスが通るはずである。それを見越して待つ。果たして、乗客ゼロのバスが来て止まってくれた。ありがたや。林道歩きを端折って椹島ロッジに着いた。

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聖、さらばじゃ
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こんな快適なトレイルはわずか
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聖平小屋
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下山途中の吊橋

まず風呂である。脱衣所に入ったら、なんと三重大学ワンゲルの部員がいた。かれらもテントが使えないのでもう縦走ができず、かといって小屋泊まりでは最低5,000円は飛んでいくことになり、泣く泣く重いザックで赤石岳から下山したようだ。

この日は三人とも素泊まりにした。そのかわり、レストランで牛丼・カレーなどを思い思いに食べる。三重大学の学生は外のベンチで楽しそうに夕食。我々オジサンオバサンは彼らを話の種に馬鹿馬鹿しい話で盛り上がる。その後も消灯時までは部屋でバカ話をし、翌朝は5時過ぎから外のベンチで残った行動食を食べつつ朝食に振り替えた。すると三重大学の紅一点の女子学生(一回生!これぞ正真正銘山ガール)が恐る恐る我々の話に加わり、そのうち起き出してきた男子学生も交じって世代を超えた朝の井戸端会議になってしまった。これは面白かった。Kさんは口調がまるで実のお母さんみたいになってきた。

8月29日(木) 移動日 晴れ
8時のバスで椹島を後にする。まだ天気はいいが、週末は崩れそうだ。滅多に無いチャンスに登れた上、KさんやHさんのおかげで挫けずに聖岳まで完歩できた。でも、しばらく南アルプスは行きたくない。
KさんHさんをエース号に乗せ、白樺荘でアルカリ性の温泉に浸かり、静岡で昼食をとって、静岡駅でKさんと別れる。その後Hさんと男2人旅になり、東名高速を東京に向かった。
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