山猫アウトドア備忘録

最近はたまにしか外で遊べない男の備忘録です

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朝日連峰縦走

今年の夏の仕事山行は、朝日連峰主稜線の縦走となった。
東北地方は海の日を過ぎても梅雨が続き、例年雨中山行になるのだが、今年は雨には降られず、私が関わった4日間のうち後半2日は見事に晴れた。初めて歩く山域だったので本当は山形入りした20日のような快晴であって欲しかったのだが、それは贅沢というものだろう。

計画は以下の通り。通常は山中2泊だそうだが、総勢15人の大所帯で亀脚の少年もいたので無理せず山中3泊となった。
20日 新幹線で山形入りして左沢からタクシーにて古寺鉱泉泊。
21日 古寺鉱泉から古寺山・小朝日岳を経て大朝日岳山頂、大朝日小屋泊。
22日 大朝日小屋から西朝日岳、竜門岳、寒江山を経て狐穴小屋泊。
23日 狐穴小屋から以東岳、オツボ峰を経て大鳥池キャンプ場にてテント泊。
24日 大鳥池から泡滝ダムへ下山、タクシーにて鶴岡駅へ。鳥海山に向かう少年たちから離脱、帰京。

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朝日連峰地図(その1 古寺鉱泉〜竜門山)
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朝日連峰地図(その2 寒江山〜大鳥池)

20日 左沢駅で少年たちと合流すべく、昼12時過ぎに上野を出る新幹線つばさの指定席を取ったのだが、各駅列車で先行する少年たちの列車が朝方の地震による若干の遅延や少年の荷物トラブル、乗り換えミスなどが重なり、合流の時間を合わせるため新幹線指定席の変更を2度も行う羽目になってしまった。指定席の変更は1回目は券売機でできるが、2回目はみどりの窓口で一度払い戻し手続きをした上で買い直さないといけないというルールをこのトラブルのおかげで初めて知った。最寄りの駅のみどりの窓口は数年前に廃止されてしまい、隣駅まで行かないと手続きができない。最寄り駅の駅員による私の切符紛失というしょーもないミスのお陰で、貴重な時間を無駄に費やす。なんとか13時台の新幹線に変更できて、あとはスムーズに左沢駅までたどり着いた。

タクシーからは朝日連峰の主稜線がスッキリ見え、期待が膨らむ。古寺鉱泉(標高680m)に到着したのはもう19時過ぎで、それから食事の準備をさせ、重いくせに貧弱な食事(今どき生米を飯盒で炊く)が始まった。古寺鉱泉は食事がいいとの評判があるそうだが、今回は素泊まり&どうせ翌日から汗まみれなので風呂にも入らず、避難小屋泊とたいして変わらない宿泊形態だった。しかし古寺鉱泉のご主人には少年教育も含めて大変世話になり、また個人で泊りに来たいと思う。

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古寺鉱泉(左手に登山路がのびる)

21日 朝からガス。例によって準備が遅れ出発も遅れた。稜線にたどり着くまでひたすら登りが続くが、山慣れていない年少の者のザックの形がいびつで、とても気になる。体力も根性も不十分で、ひたすら悲鳴を上げながら歩いているのだが、実はパッキングが杜撰で、嵩張る衣類などを圧縮せずにザックに入れているし、雨蓋に重い物をひたすら詰め込んでいるのでザックの重心が不安定で振られているという事実を本人は知らない。その都度年長の者が修正し指導し、ザックの中身を分け持って負担を軽減してやっているが、本人は余り感謝の態度を示せず、年長の者がしだいにイライラしてくる。また、歩く速度も年少者に合わせるので、頻繁に休憩を入れねばならず、コースタイムはおろか、その2倍近く時間がかかってしまう。古寺山(標高1500m)までの登りが特にいやらしかった。水場はそこまでに2箇所あったが、下部の一服清水は豊富に出ていた。上部の三沢清水はちょろちょろ。大朝日小屋に突き上げる最後の急登手前に銀玉水があり、こちらはさらに豊富に水が出ていた。大朝日小屋前には水場はないので、途中の銀玉水で補給するか、小屋を出て数分の金玉水を汲みに行かねばならない。

そんなこんなでガスガスの中、約9時間かかって大朝日小屋にたどり着いた。幸い、大朝日小屋の管理人の方が2階のまとまったスペースを割り当てて下さり、快適に過ごすことができた。この小屋は大勢の人が泊まるためだろうが、床にテープで一人分のスペースが仕切ってある。ステンレスのトレーを使えば小屋内でバーナーを使えるというのもありがたかった。トイレは小屋の中にあり、ポットン式で紙は別のボックスに入れる山ではごく常識的な方式だった。この日の宿泊者は我々も含めて40人弱だろうか。百名山ハンターは古寺鉱泉や朝日鉱泉から日帰りまたは大朝日小屋一泊で下山してしまうようで、ここから先は静かな山歩きになった。

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大朝日小屋にたどりつく

小屋で落ち着いてから大朝日岳山頂に空荷で行ってみた。ガスは晴れそうで晴れなかったし、山頂は遠くから見るようなピラミッドのてっぺんのような狭さはなくてまあまあ広かったが、眺望がないのではどこに行っても同じだ。17時近くに小屋に戻った。小屋で相撲中継を聞こうと思ったのだが、小屋の中に入ると電波の状態が思わしくなく、外ではつながる携帯も小屋内では圏外になってしまう。相撲を聞くのは諦め、携帯に蓄積しておいたポッドキャストを聞きながら寝た。ちなみに、標高が1800mしかないことを考えてシュラフは20年くらい前に買ったゼロポイントのインナーシュラフ(クローアップシーツ)だけを持っていった。小屋内は暖かく、特に支障はなかった。

22日 寝坊したわけではないのに、大朝日小屋の出発もおそらく最後の方になった。大人数で要領が悪いので時間がかかる。天候はガスによる霧雨状態だ。私はロングスパッツを装着してレインウェアの上着だけ着たが、小屋の外に出てきた少年たちは無防備で、他の登山客から刈り払いも十分じゃないからレインウェアは着た方がいいよとアドバイスされている始末。朝露で靴の中が濡れるとなかなか乾かなくて往生するということを未経験の少年も多いし、経験していてもすぐに忘れるタイプの者が多いので、全体的に想像力が足りない。まあそんなもんだよね、少年(特に男の子)は。
小屋の外でまたザックを開けてレインウェアを装着し、年少の者は自分自身でザックを背負えないし、靴ひももまともに結べないありさまなので、さらに出発が遅れる。しっかし、今まで長く見てきた少年の中でも、靴ひもがまともに結べない少年は初めてかも知れない。

少年たちは水を豊富に消費するので、歩き始めてすぐに金玉水で水を補給する。ザックなんて下ろさずに補給すれば無駄な時間のロスはないのだが、皆ザックを下ろして休憩モードである。中岳(標高1812m)・西朝日岳(1814m)あたりはピークで1800m台に乗るが、アップダウンは標高差にして100mほど。晴れていれば気分も乗ろうというものだが、景色が見えない上に、私は最後尾なのでストップが多くてそちらの方が辛い。朝日連峰は標高が2000mに満たないので、もっと樹林帯の多い山域かと思っていたが、前日の銀玉水から先はほとんど北アルプスや南アルプスの稜線を歩いているようだ。ハイマツ帯や花崗岩の岩、高山植物の豊富さなど、実際の標高に見合わないスケールがある。縦走路のアップダウンも南アルプスのようなすごさ(標高差300mダウン、400mアップなど)はないが、縦走路から見る谷の深さ、そこまでの斜度は想像以上で、見下ろす雪渓もあちらこちらにあり、東北の悠然とした山の雰囲気とはずいぶん違う。

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西朝日岳方面へ

西朝日岳を大きく下って登り返すと竜門山(1688m)で、竜門小屋の管理人の方が刈り払い作業をしていた。竜門小屋の前で休憩(もう12時近くになっていた)を取り、1600m近くまで下って寒江山(1695m)に登り返す。ここも鞍部から山頂まで標高差100m程度なのだが、登りになると年少者のペースがガクンと落ち、全体的にスローダウンしてなかなか捗らない。我々を抜かしていく登山者はほぼ皆無で、すれ違う人も単独者が2〜3人なので、幸いどこで休憩を取っても迷惑にはならない。それだけ山深く、百名山ハンターのピストン山行とは無縁の世界だということだ。

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ハクサンシャジン
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ウスユキソウ
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チングルマ

北寒江山(標高1658m)に登り詰めれば、この日の登りは終わり。三方境(1591m)で進路を左にとり、砂礫の道を下って狐穴小屋にたどり着く。歩きながら朝日連峰の主稜線縦走路から四方に延びる支脈の登山路も多いことに気付かされた。北寒江山からは相模山を経て新潟県村上市の三面にのびる稜線上のルートがあるし、三方境からは天狗角力取山なんていう名前の山を経て山形県西川町に下るルートがある。竜門山からは日暮沢ルートがあり、大朝日岳に突き上げるルートも四方八方からある。しかし以東岳からは大鳥池を経て泡滝ダムまでルートは決まってしまう。狐穴小屋から先はエスケープルートがないということだ。

狐穴小屋には先客が一人もいなかった。管理人の方は非常に気さくな方で、具志堅用高の髪をロン毛にして茶髪にしたような風貌だ。ソーラーパネルを解体中の以東小屋から分けてもらって無線機を充電していたり、翌日も以東小屋から廃材を分けてもらいに背負子・長靴・ヘルメットのいでたちで颯爽と稜線を駆け抜けていった。一月以上も奥深い山中で自炊しながら小屋の管理をするのは大変なことだ。

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狐穴小屋と周辺

狐穴小屋周辺は水が非常に豊富で、おのおの清水を使って身体を冷やし汗を流した。小屋のトイレも水洗でロールペーパーは流せる。小用をしても驚くほど水が流れるので驚くが、排泄物と汚染水はどのように処理されるのだろうか?気になる。夕方、泡滝ダムから登ってきたという単独者が2人小屋に入ったが、それでこの日の夜は終了。1階に少年たちが、2階に私と同僚、後から来た単独者の4人が寝た。この日は小屋内で相撲中継が聞けた。というか、管理人がラジオをかけっぱなしにしていたので聞こえる。13日目、稀勢の里が3敗目を喫し、管理人とともに悔しがる。ちなみに携帯は窓の外に持った手を出せばつながる。

23日 朝から快晴である。1500mの狐穴小屋から1771mの以東岳がドーンと見えるが、あの高さまで少年たちは苦労するだろうなと思うと少し気が重い。北にはイメージよりややピラミダルに見える月山と、その向こうに鳥海山である。目の前の稜線からは滝雲がガンガン流れている。歩き始めて振り返ると大朝日岳の△が遠くに見え、ずいぶん歩いたことを実感する。左手方向にはうっすらと市街地が見えるが、おそらく村上市だろう。かすかに海岸線も見える。
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以東岳
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滝雲の向こうに月山
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鳥海山
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縦走路を振り返る(奥の小さい△が大朝日岳)
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ミヤマリンドウ

やはり以東岳までいくつかのアップダウンがあり、年少者のへばりに合わせるので苦労する。ジリジリと熱くなってきた。狐穴小屋の管理人さんに抜かれ、あっという間にかれはケシ粒のようになってしまった。以東岳から歩いてくる登山者とすれ違うが、やはり数人。以東岳山頂には11時頃到着、約4時間を要した。以東小屋の解体工事はヘリで資材を運んでいるので、頻繁にヘリがやってくる。
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以東小屋解体工事
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大鳥池が見えた

ここからはオツボ峰を通る稜線迂回ルートで大鳥池に下る。「山と高原地図」では以東岳山頂からオツボ峰まで30分と書かれているが、アップダウンと岩場とザレた右下がり斜面のトラバースが多くて、とてもコースタイム通りには行かない。オツボ峰を越えると伸びやかな広い稜線になって歩きやすくなる。あとは尾根の下降。それでも一部は急下降な部類で、直登ルートを下ったらどうなるんだろうかと思う。14時過ぎに大鳥池のタキタロウ小屋着。キャンプ指定地がここにはあるので、今までザックの容積を狭めていたテントが初めて活躍する。おそらく個人山行だったら1回しか使わないテントは持たず、最後まで小屋泊だろう。テン場は一面草地で、風も弱く張りやすくてよいのだが、時間帯が暑い時間帯なので日陰を探すと難しい。

今回持ってきたテントはおニューのテント、カミナドーム2である。今までのメインテント、エアライズ2は20年近く使ったし、2年前の神津島で潮を被ってから勝手がよくなくなっていた。いろいろ悩んだ結果、今まで使ってきたメーカー(アライテント、ダンロップ、BD、ヘリテイジ、MSR、ニーモなど)のものでなく、敢えて新参テントを購入することにした。持っていくときに他メーカーのテントと間違えないことも重要である。これから長く使っていくつもりで、その中で長所と短所を見極めていきたい。今回、入口が短辺側から長辺側になったことが最大の違いで、外気を入れやすいがその分虫も入りやすい。エアライズ2とサイズには大きな変化はない。ただしカミナドームの方がテント頂点の傾斜が緩くなっていてテント内部では空間が広く感じるということと、室内にループが多くあって半濡れ物をカラビナを使ってぶら下げるのに都合がいいということ、テントを固定するガイラインの自在が蓄光プラスチックであるということが今までに気付いた変化だろうか。
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大鳥池に映る以東岳の一部

24日 下山である。今までのコースタイムオーバーを折り込んで6時出発としていたが、案の定準備に時間がかかり6時40分出発となった。おかげで9時30分に予約していたタクシーに10時過ぎまで待ってもらうことになってしまった。
下山路は初めつづら折れの下降で、いたるところに水場があって冷たい水を飲むことができる。沢のレベルまで降りると斜度が緩み歩きやすくなるが、ところどころで豪雨による崩壊地があって安楽ではない。つり橋が2箇所あるが、やや貧弱であった。少年たちが最後までケガなく降りきれるか心配は尽きなかった。不安要素が最も大きい年少者は転んで大泣きしていたが、もう年長の少年たちは鬼軍曹となって励まし続け、最後まで自分のザックを背負わせた。エライ。

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水浴びしたくなる滝

無事下山し、またまたタクシーを使うしか公共交通機関で訪れた者にとっては手段がない。朝日連峰はこんなに素晴らしい山なのに、バス便が減らされ、廃止に追い込まれている。タクシーを使えば左沢駅からも鶴岡駅からも軽く1万円を超えてしまう。近年は学生のパーティ登山もめっきり減り、中高年の少人数登山や単独者が中心なので、学生に比べれば余裕があるとはいえ、個人でタクシー代を負担するのは非常にきつい。山ブームとはいえ、人が多く集まるのはごく一部の山だけだ。東北の朝日連峰や飯豊連峰など、一部に百名山を含むがそれ以外は本当の山好きしか行かないような山域は今後もますますアクセスしにくくなっていくだろう。スルーハイクを試みる場合には登山口まで、また下山口からの交通手段が最大のネックになる。考え込んでしまう。

しかし、行きたいという欲求はなかなか抑えきれない。この夏、近いうちに(8月初め)飯豊連峰の主稜線縦走を山中避難小屋3泊で考えいている。今度は一緒に行ってくれる友達もいないので、単独になる。会津若松・喜多方あたりから弥平四郎登山口へのアクセスは野沢駅からのタクシーを利用することにしようと思っている。おそらく1万円前後するはずだ。下山は奥胎内を考えているが、午後の乗り合いタクシーを利用して下山口から奥胎内ヒュッテに行くとしても、奥胎内ヒュッテから中条駅までのバス便はない。またタクシーで大枚はたいて移動しなくてはならない。財布は寒くなるが、行きたいものは行きたいのである。
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