上信越エリア屈曲路祭り

「不要不急の外出」として、3日間のツーリングに行ってきた。
決行するにあたってはだいぶ逡巡した。普段、単独の日帰りツーリングではコンビニでしか人と向き合うことはなく、まず会話もない。ガソリンスタンドも極力セルフ式を選んでいるので人との会話はない。
今回は宿泊先の人と最小限の会話が必要になるが、濃厚接触には至らない。おそらく濃厚接触者は同行してくれる吐月工房氏のみだと思われる。ともに2回のワクチン接種を済ませて2週間以上経過している。
W800を手に入れてから、夏の間にどこかへ泊まりがけでツーリングに行こうというつもりには二人ともなっていた。雨天が多かった8月だが、ここへ来て平日3日間が晴れる予報になった!標高の高いところへ短時間でも涼しい思いをしに行きたい。
リスクを承知で行くなら今行かずしていつ行くのか?「不要不急」を判断できるのは本人だけだと五輪担当大臣は言っていたからな・・

宿泊先は1泊目が志賀高原のスキーの定宿、2泊目は渋川市のビジネスホテル。
メインは涼しさを求めて標高の高い草津から志賀高原のワインディングと荒涼とした毛無峠、志賀高原から秋山郷への細い屈曲路、津南町から頸城丘陵を縫うようにして走る強烈な屈曲路のみの3ケタ国道と雪深い農村地帯、そして魚沼スカイラインである。全走行距離は700km強。

26日、吐月工房氏と上信電鉄山名駅で落ち合う。10時集合の約束をして、首都高・東北道・圏央道・関越道とすべて高速で行けば早く到着できたものを、高速に飽きて東松山ICで下に降り、国道254に乗ってしまったのが失敗だった。この国道には頻繁に信号があり、ゴーストップの繰り返しで時間を浪費する。結局10分以上遅れて到着。小さな木造駅舎前をバイクツーリングの待ち合わせに使う人は多分いないが、道の駅のような人が集まるところで合流するよりは好きだ。自販機もあれば、トイレもあり、待合室もある。
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上信鉄道山名駅

その後県道を走り繋ぎ、鼻高橋で碓氷川を渡って国道18号に乗り、すぐに県道137号に移って榛名山麓を走り、最終的には県道126号で榛名湖まで。ここまででも十分に屈曲路を走れる。平日の榛名湖(標高1100mほど)は涼しいが人は少なめで、西岸の無料駐車場で短い休憩。県道28号線で吾妻線郷原駅近くまで下って、国道145は走らず吾妻川対岸の県道を走る。途中で長い吾妻峡トンネルがあり、中はひんやり涼しいのだが路面が濡れていて滑りそう。しかも雨は降ってないのに路面からタイヤがすくい上げる飛沫でフェンダーなど下回りが真っ白になった。雨の中を一度も走っていないので、初めてツーリングで汚すことになり、多少ガッカリ。ツーリングの泥はねは勲章なのはわかるけど・・

長野原でドラッグストアに立ち寄り、コンビニで昼食を買い求めて屋外で食べ、道の反対側のGSでガソリン補給。ガソリンは162円/Lと高かった。少し先の草津町のT字路近くにあるGSが渋峠を越えて志賀高原に向かう国道の最終GSである。今回の計画ルートだと志賀高原から秋山郷を抜けて津南町までGSはないと思われる。津南から先に進むとおそらく松代(まつだい)までGSはないはず。GSは適切なタイミングで寄らないと山岳県境近辺では貴重だ。
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今回の装備

午後、草津から国道299で草津白根山を登り始める。まもなく目の前にはダンプ1台のみとなったが、センターラインはイエローだし、ブラインドカーブが多くて危険だから抜けない。ダンプは中腹の工事現場までだろうと思ってペースを合わせてゆっくりと走り、涼しさと景観を楽しみながら上がっていったら、ダンプの行き先は万座温泉だった。国道から自分たちが行こうとする万座方面にダンプが曲がった時に絶望した。
曲がってすぐ路肩に寄せて、ダンプとの距離を置いてゆっくり追いつかないように屈曲路を下り始めた。しかし途中で追いついてしまう。仕方なく万座温泉までダンプの後ろに付いた。

それにしても、数年前に草津白根山が噴火して、3年ほど前に志賀高原から草津へ降りた時は通るには通れたが規制が強かった。今年は規制らしい規制が見られない。草津白根山の警戒レベルが下がったため、4月の開通時に通行の時間規制や車種規制も無くなったらしい。したがってバイクや自転車でも通行可能になった。ただし、白根山手前のレストハウスや駐車場は閉鎖中だった。

万座を通過して、毛無峠に向かう。長野県境に沿って須坂方面への県道466を走るが、もうカーブミラーは完備されていないし、路肩から草や枝が張り出している。道幅も細く、舗装林道と同レベルである。須坂市に入ってすぐ左折して県道112号を走り、舗装が途切れた少し先の県境まで。上昇気流の冷却によってガスが発生しやすい毛無峠は珍しく晴れていた。
毛無峠に始めて来たのは30年以上前。オフロードバイクで須坂から湯沢林道(現在でも未舗装)を登ってきてたどり着いた。その後も1〜2回ほど来ただろうか?群馬県側に小串硫黄鉱山がかつてあり、硫黄を運ぶための索道の錆びた鉄柱だけが須坂方面に点在している。小串鉱山跡には集落もあったようで、何かで読んだか見たりしたことがあるが、ゲートがあって容易には群馬県側には入れない(ウェブ上にもさまざまな記録がある)。峠に大きな木はなく、上昇気流を利用して、今はラジコングライダー愛好者の聖地になっているようだ。かつてだったら考えられないほどの車が峠に停車してあった。また、御飯岳、破風岳、土鍋山の登山者もいた。いつか車で来て歩いて登ろうと思っていた場所ではあるのだが、地形図を見ると御飯岳からトレイルが南に延びて、パルコール嬬恋のゲレンデトップにある裏倉山、四阿山、菅平の東の根子岳まで登山道があるらしい。
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毛無峠

しばし休憩して、午後3時ころ万座方面へ戻る。志賀草津道路に戻って、平日で混んではいないので「国道日本最高所」の路側駐車場に立ち寄り、その後渋峠スキー場ボトムの渋峠ホテル前、横手山ドライブイン前を通過して下りにかかる。屈曲路の連続で陽坂まで下り、左手の熊の湯スキー場、右手の前山サマーリフトを見て平床の噴泉、猫の額のような木戸池キャンプ場、田の原湿原、三角池などを見ながら下っていく。蓮池で今日のツーリング終了。コロナの影響で空いてはいるが、個人客のみ受け入れているホテルのホスピタリティはいつものように満点だった。
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草津白根山方面
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芳ヶ平方面(春先は道路からスキーでドロップできる)
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日本国道最高地点

27日、9時に宿を出発。奥志賀方面に向かうが、長袖のジャージを化繊Tシャツの上、メッシュジャケットの下に着てきたのに、ジャイアントスキー場をくぐるトンネルでもう寒い。清水名水公園で水を汲み、道中の飲み物とする。いつもながら美味しい水。
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W800のタンクを上から撮影してみた

オフシーズンのため、高天ケ原も一ノ瀬もホテルが閑散としている。焼額はプリンスホテル自体が閉まっている。スキーシーズンにならないと採算が取れず、開けないのだろう。奥志賀高原から道幅が狭くなる。かつての「奥志賀スーパー林道」である。30年以上前のオフロードバイクツーリングでは、少し先から未舗装だったはず。カヤの平へも、秋山郷の切明温泉へも、未舗装の砂利道を走らないとたどり着けなかった。もうこの道は全舗装、県道502号、別名「北信州もみじわかばライン」である。ただ交通量は非常に少ない。

走っていると、ローラースキーでクロスカントリーのサマートレーニングをやっている集団に出くわす。かなり若く、10代とおぼしき少年少女が多いので、ひょっとしたら飯山あたりの高校でクロカンが強く、鍋倉山へ部員たちがホイホイと登って行く(かつてプライベートでスキー登山に行ったら出くわした)高校かも知れない。彼らとすれちがってから、カヤの平まで足を伸ばしてみた。以前来た時も思ったが、静かでいいキャンプ場だ。何日間かここでのんびりキャンプ生活してみたい。カヤの平でもローラースキーヤーが2名いて、帰路ものすごいスピードでバイクの前をスケーティング滑走してくれた。たぶん時速40kmは出ていたはずだ。彼らの肩から二の腕にかけての筋肉の美しさはすばらしい。ひょっとしたら日本でもトップのクロスカントリースキーヤーなのかもしれない。同じスキーヤーたるもの、ここまではいかなくても、夏でもスキーのことを考えてインラインスケートなどでトレーニングすべきだが、傾いて曲がるところしかバイクとスキーは共通点がないし、エンジンの力で前進しているていたらくだ。
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カヤの平キャンプ場

雑魚川林道へ。かつてのハードな砂利道もきれいな舗装路に変身した。しかし高度感はかなりある。よく昔長い砂利道を通り抜けたものだ。屈曲路につぐ屈曲路を経て、秋山郷の最奥にある切明温泉に至る。途中、正面の大岩山と左手の鳥甲山の大岩壁が圧倒的。ここからは国道405号(中之条町〜上越市。切明温泉〜野反湖は未完成)だが、国道とは名ばかりで狭くて急カーブ、急坂が連続する道が津南町近くまで続く。前倉橋のあたりが特に凄い。秋山郷には集落はところどころにしかない。津南町に入って渓谷が広くなってようやく道路幅も広くなってくる。そのまま国道117を横断して津南駅で休憩。11時である。駅のトイレに立ち寄って、再び国道405号をキューピットバレイスキー場方面へ。津南駅裏の踏切を渡ってからの国道405号は車一台分の道幅しかなく、屈曲路の連続(七曲り)で頸城の丘陵地帯を越えていく。小さな集落が出てきて田んぼが道路脇にあるとホッとするが、田んぼが作れるほどの集落を過ぎるとすぐに上り基調となって集落から離れる。次の集落まではまた心細く狭い屈曲路となる。松之山天水島、松之山スキー場、松之山天水越あたりまではまだ集落が大きめだが、大厳寺高原から来る道を分けると三方峠の道になる。昔も今も、大厳寺高原と国道405の分岐には迷う。国道の標識もなければ道幅は共に狭い。

十日町市浦田地区の渋海川に沿った小さな集落の2棟は茅葺きで、生活している人がいる。周りには手入れされたきれいな田んぼと小さな神社があり、特に印象に残った。写真は撮らずじまいだった。その後すぐに渋海川を渡って方向転換し、峠道となる。そんなことの繰り返しで、国道405号を走っていると方向感覚がおかしくなり、どこにいるのかも把握できなくなる。ようやくキューピットバレイスキー場の方から下ってくる国道403号(新潟市〜松本市)と合流して「雪だるま物産館」に12時過ぎに着いた。ちょっとした道の駅のような施設。ちょうどその一角にある蕎麦屋が営業していたので、雪むろで蕎麦粉を貯蔵した雪むろ田舎そば(1,330円)を堪能した。

午後は少しこの国道を北に下り、高田方面に向かう405号を見送って、403号で松代(まつだい)方面に向かう。大合併した上越市の地籍だが、道路幅は405号よりも太くなったが、屈曲路は凄い。見どころは星峠の棚田。棚田はもちろん405号沿いにもたくさんあった。しかし星峠の棚田は谷が開けていて非常にスケールが大きく、見栄えがする。心無い見学者が絶えないようだが、真夏の平日午後では見学に来る人も少なく、暑いので写真を撮ったらすぐに離れてしまう。我々はじっくりと眺めて休憩を兼ねた。
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星峠の棚田

ここからは比較的快走できるルートになる。松代を過ぎて延々と長いトンネルを何本も越えて十日町市街に至り、ここで給油。W800は10L補給して、草津から300kmほど。30km/Lを達成。信号がなければかなり燃費は伸びる。

十日町から魚沼丘陵を越えるが、魚沼スカイラインを走りたく、旧国道253号の八箇トンネルを抜けた八箇峠入口で魚沼スカイラインの部分的通行止めを確認。八箇峠入口から魚沼スカイラインを全線通過することはできない。ムイカリゾートスキー場のボトムを通過し、シャトー塩沢スキー場の近くをかすめ、栃窪峠で魚沼スカイラインに乗る。展望台で魚沼地域全景を眺めて、南に走り、十二峠から石打へ。渋川到着は19時ころになりそうだ。

ここからは国道17号で新潟・群馬県境を越える。一般道ではこの1本しかない。スキーで通り慣れたルートをバイクで走っていくと、かぐらあたりのトンネル内は大変涼しい。三国トンネルは新トンネルがほぼ完成したようだ。三国峠の屈曲路を下り、湯宿温泉近くの道の駅「たくみの里」で休憩。ここの道の駅は空いていてよろしい。その後は国道に戻らず、県道36号線でダイレクトに渋川に向かう。渋川市街の道で再び激混みの国道17号に戻って予約したビジネスホテルにたどり着く直前、黒い雨雲が垂れ込めてきた。到着時はかろうじて晴れていたが、チェックインしたのちに雨が降ったようだ。バイクは屋根の下に停めさせてもらうことができた。
この日は疲れて早々に寝た。

27日、ほぼ各自で南下して自宅を目指す。もう9時の関東平野はかなり暑い。
私は、利根川を越えるまでは国道17号上武バイパスを使い、埼玉県道45号、59号、60号を使って栗橋で国道4号に出て、久喜から再び県道で南東の五霞、幸手を通過して新4号バイパスに乗り換え、道の駅庄和から県道42号、野田橋西詰、江戸川沿いの信号の無いルートを南下した。三郷あたりでフューエルランプが点灯して、GSの無い江戸川沿いの道を南下した。実際は余裕で、10L近く消費すると残りが5L程だが、点滅はしてしまう仕様らしい。渋滞がなければ残り5Lで100km以上は走れる計算だ。
松戸と葛飾区の境で金町から環七方面に向かったが国道6号線の左側にはGSはなく、環七沿いのセルフで給油。275kmで10Lちょうど。無事午後1時に駐輪場に到着。バイクの洗車はとりあえず明日だ。まずは汗と排気ガスで汚れた衣類を洗濯する。

久しぶりに大きなツーリングになった。暑さは辛かったが、ほとんど屈曲路の連続で、全走行距離は700km以上となり、充実したものになった。何となく、冬はスキー場が点在するエリアで道路が冬季閉鎖されるところをたどった感がある。
秋にもできれば遠くへ行きたいものだ。

久しぶりに筑波山ソロ登山

コロナのおかげであまりに長い間登山ができず、仕事山行も延期につぐ延期。ひょっとしたら9月初旬に日帰り仕事山行になるかも知れず、実現したら高年齢の私は下山後に数日使い物にならなくなりそうなので、ソロで登山の練習をしてきた。

登山の時に使う筋肉やバランス感覚は、登山をすることによって鍛えられると思っている。都会の人工物を上り下りしても辛いだけで長続きしない。リアル登山をしないと登山の準備はできないのである。

近くて車でアプローチできて人があまり多くなく、それなりに体力を使うルートで思いつくのは筑波山の北西尾根、薬王院ルートしかない。標高50mのつくし湖畔から男体山山頂まで標高差820mあり、本格的な登山の標高差に近くなる。特に後半の延々と続く階段はアゴが上がる。今回でこのコースから筑波山に登るのは4回目。

朝7時40分につくし湖畔の道路脇の駐車場に到着。すでにトイレ前の駐車場は満車状態であるが、そのすべてが筑波山を登っているわけではなさそうだ。準備している人が数名いるが、なんとなくトレランの男女のようだ。私もそそくさと準備して、なるべく軽くした30Lザックを背負って登山開始。薬王院まで水気の多いルートを登る。薬王院前のツメがわずかな長さだがキツい。

薬王院脇の舗装路を歩いて、再び登山ルートに入る。カーブの向こうに見える登山者用駐車場も満車のようだ。最初は暗い杉林の中を歩く緩やかなルートで、直線的になってくると広葉樹林帯の中の粘土質のルートになる。トレイルの中央が洗掘されていて、やや歩きにくく滑りやすい。
トレランの格好をした人にはドンドン抜いてもらう。久しぶりの登山なのでゆっくり歩き、後ろから来た人には抜いてもらう。下ってきた人にもこちらから道を譲る。マスクはしていないが、背を向けて譲りすれ違いの瞬間に目礼をする。

標高400m強の地点で舗装林道と交わる。ここで岩に座って休憩。ここまでだいたい1時間ほど。ここからが傾斜がきつくなり、階段を700段ほどクリアしないと山頂直下までたどり着けない。

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地獄の階段
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急坂を終えると緩やかなトレイルも出てくる

階段は気が遠くなるほど延々と続き、気持ちが挫けそうになる。休み休み、ハイドレーションシステムを利用してたびたび水を含む。ようやく標高650mを過ぎて斜度が緩くなってきて、残りの標高差はうんざりする階段と緩めの傾斜のトレイルの組み合わせになる。10時前に御幸ヶ原に到着。ベンチで羊羹を食べてしばし休憩。ここから男体山を登れば大した時間はかからないが、山頂にはそれなりの人がいそうだし、山頂を目指すことが目的ではないので、御幸ヶ原から下山することにする。同じルートで下山すると階段が厳しく、脚に負担が大きいので、目先を変えて旧ユースホステルまでのルートを下山することにする。トイレ脇から下山ルートが始まり、まもなく幅2mくらいの未舗装路になる。普通の自動車では登ってこれない斜度で、キャタピラのついた重機なら何とか登ってこれそうな急坂をジグザグに下っていくと、1kmほどで空き地に到着する。ここがユースホステル跡で、2台車が止まっていた。ここまでは車で容易に来れるのかと思ったが、その先の舗装路も横溝が切ってあったり舗装がかなり荒れていてかなり厳しいルートだ。

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御幸ヶ原と男体山山頂
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道幅はあるが急下降も多い下山ルート
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旧ユースホステル跡の駐車場(穴場か?)

舗装路を下り、三差路を左の林道へ入ると、静かな舗装路歩きになった。自転車が2台ほど、オフロードバイクが1台過ぎていった。登りの時に舗装林道と交わった地点まで戻ってきて、ここからは薬王院へ下山していく。急坂の階段を避けて歩きやすい下りルートになった。
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男の川(おのがわ)。この辺にも車が何台も路駐してあったが、皆写真を撮りに来ているのか?

11時過ぎ、つくし湖まで下山。土日しか営業していないそば店でそばを頂き、車で帰路についた。

4時間160km

天候下り坂だが南関東は土日ともに午前中は雨は降らないようだ。
日帰り登山に行くか、自転車に乗るか、バイクの乗るか悩んで風を受けて汗が乾くバイクを選択。

江戸川沿いの快走ルートを北上して、野田橋で千葉県側に渡らず、埼玉県道42号線で茨城県五霞まで。国道4号線を少しだけ北上して、栗橋から県道60号線で西へ。少々暗い雲が現れ始め、11時近くになってきたので羽生で帰路についた。
国道122号で南下。しばらくは快走できたが、いずれ岩槻近くになると渋滞するので蓮田SAから東北道に乗ろうと思ったが、見過ごして岩槻の渋滞にはまってしまった。エンジンの放熱が厳しく、半クラ運転が辛くなってきた。

たまらず岩槻インター方面に右折。と思ったらエンスト。やはり暑くなるとエンストの可能性が出てくるのか、それとも私のクラッチ操作ミスなのか・・歩道に近づけて一呼吸おいてからセルスイッチを押したら素直にエンジンがスタート。ホッとする。岩槻インターから東北道を南下してそのまま首都高へ。今の期間はロードプライシング1000円増しがないので川口線から中央環状線へ。24日からはまた天下の愚策、首都高1000円増しが始まってしまう。

約160km走ってガソリンは5.61L入った。燃費は28km/L。ようやく納得のいく燃費に落ち着いた。
13時少し前に帰着。

二輪通行止区間

ふとしたことから気付いたのだが、過去の茨城県のツーリングで二輪通行禁止の区間をうっかり知らずに通行していたことがわかった。

5月のCB650Rでのツーリングと、7月末のW800の午前中ツーリングで通行。場所は
県道42号線道祖神峠(笠間市本戸)。おそらくその区間の前後に二輪通行禁止の標識があったのだろうが、二度とも全く気づかなかった。今朝、ふとしたことから同じような通行禁止区間が設定されている筑波山麓の県道の存在に気づき、他にも調べてみたら茨城県内には複数個所が設定されていた。そのひとつが道祖神峠だった。

実際に通行してしまったことは事実なので、今からレポートの改竄などはしない。ルール違反をしてしまったことは反省し、以後通行することはしない。ツーリング計画を立てる時に事前に二輪通行区間を調べておくことを徹底したい。もちろん、現地で標識を見落とさないよう心がける。
一方で、道祖神峠前後の区間では、しつこいほど標識を目立たせることや、うんざりするほどの警告によって二輪車を締め出す行為を貫徹しようという姿勢が見られなかったことも事実である。複数回走って気づかなかったのだから。

想像するに、どうしても二輪車の通行を禁じようという構えはすでにないのではないか?こういった二輪通行禁止の手だては、だいぶ昔(暴走族対策が叫ばれた40〜50年前)に定められてそれが形骸化しているケースが多いと思う。茨城県内の二輪通行禁止区間をざっと調べてみたが、筑波山西麓、桜川市の
つくし湖周回道路が終日二輪通行禁止である意味がよくわからない。筑波山登山のために行ったことが複数回あるが、周辺に人家もほとんどないし、バイクで走って面白いルートとも思えない。禁止の距離も短すぎる。
概して茨城県には、排気量や時間帯による条件付き制限でなく、すべての原付・自動二輪が終日通行禁止、という区間が他県に比べ際立って多いことに気づいた。

東京都でも二輪通行禁止区間は昔からあって、現在は原付を除いてだいぶ制限が緩和されてきているけれど、昔は紛らわしいからアンダーパスの多い昭和通りは絶対バイクでは走らないことにしていた(現在、昭和通りのアンダーパスは原付のみ通行禁止)。23区内であれば、新橋駅の東側の地下自動車道のわずかな区間はすべての二輪が今でも終日通行止めであり、これらは明らかに道路設計上のミスが分かりにくいルールを作っているといわざるを得ない。

こうしてあらためて二輪通行区間のリストを見ると、あまりに条件が複雑で分かりにくい、というイメージを抱く。

何だか自分でルールを過去に破っているのに逆ギレしているように読めてしまう場合もあるのでもう展開しないが、「
日本二輪車普及安全協会」のHPを見ると、理不尽さがわかると思う。

W800初回点検

雨続きのお盆。災害に発展した地域のことを思うと気が重い。数年前にも同様の被害が生じた地域すらある。自分の郷里も珍しく大雨によって危険な状況が訪れた。

カワサキプラザのお盆休み明けに、初回点検を予約しておいた。前日までの雨は上がったが、どんよりした曇りで午後からまた雨が降る予報。かろうじて雨が上がっていて実にラッキーであった。

約1000kmの走行で気になった点は、オイルフィルターキャップ部分にオイル状のものが付着していたこと、アシストスリッパークラッチの「軽い」というイメージと異なり、長距離走ると左手首が痛くなること、一度だけ、エンジンを停めてから再スタートする際に「被る」ような症状が出たことの3点を伝えて点検してもらった。

オイルフィルターの汚れは、納車時に付着していたグリスが溶けて付着したのではないかという返答。確かに、納車時からオドメーター500kmあたりまでは何やら焦げ臭い匂いがしていた。オイル状のものがにじみ出ているように見えるのは事実なので、おそらくグリスだとは思うがしばらく様子を見て欲しいと説明されて腑に落ちた。説明が丁寧でとてもありがたい。

アシストスリッパークラッチの重さについては、これが標準だそうだ。アシストスリッパークラッチではないエストレヤと単純比較してしまうが、エストレヤの方が軽く感じるのは、パワーの違いからくるバネの反力の強さがあるからとの返答。確かにその通りだ。クラッチを握る時は軽く感じるが、戻す時のバネの力は全く異なる。対処としては、クラッチレバーを握りこまず、指3本がけにしてシフトアップ・ダウンすれば少しは長持ちするだろう。梃子の原理でレバーの先の方を握った方が軽い力で引くことができるが、小指と薬指だけでは手の筋が吊るような感じがするので、中指も入れて3本がけにする。人さし指はグリップを握ったままなのでレバーはグリップまで引かなくて済む。
最近、加齢によると思われるが指の関節が痛い(ブシャール結節?)ので、クラッチ操作の継続がツーリング距離に直結してくる。少しでも長く走りたければ、レバー操作の省力化が必要だ。

一度だけ起った「被り」に似た現象は、コンピュータを繋いでチェックしてもらったが、気温が高く暑い状況だと起る可能性があると言われた。セルスターターボタンを押す際に若干スロットルを開けてみるとエンジンがかかる可能性があるとのこと。この現象が起った時は確かに正午前後で一番暑い時間帯で、セルスターターボタンを長押ししてもエンジンがかからなかった。「被り」に似ていたので(インジェクションなので被る可能性は極めて低い)、トイレに立ち寄って時間を置いたら素直にエンジンがかかった。慌てなければ何とかなりそうだ。

約1時間で初回点検は終了、オイルとフィルター交換を行ってもらった。次回は約4000kmで点検になる。

駐輪場でエストレヤと車両交換する際に、先日届いたW800のサイドバッグを取り付けた。今度のサイドバッグはベルギー製のワックスコットンとレザーのもの。撥水性はかなりありそうで、オイルを塗り込んでいくことで撥水性が保たれるもの。奮発して2つ購入し、両サイドに振り分けるようにした。容量は片方9.5L。18Lのものもあったが、そこまで大きいバッグだとアンバランスかと思って小容量のものにした。両サイドあれば20Lは入る。防水性をさらに高めるには、汎用の防水スタップバッグを中に仕込めばいいだろう。2つのバッグを個別に装着することもできるが、旅先で簡単に付け外しができた方がいい。繋ぐ革ベルトは付属していて、繋げてからシート下に無事噛み込ませることができた。さらに革ベルトの間に黒いナイロンベルトとバックルがあり、これでバッグサポーターに固定した。旅先でナイロンバックルをワンタッチで外し、シートを外して両サイドのバッグを革ベルトごと持ち上げれば両サイドバッグをそのまま持ち出すことができる。
サイドバッグだけで容量が足りない場合は、リアシートにシートバッグやダッフルバッグを載せてロックストラップで固定すればよかろう。
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片サイドのみのバッグ(Longride社輸入代理店のサクコーポレーションHPより)

追記:サイドバッグを取り付けるにあたっては、金属製のサイドバッグサポートが必要になるが、バッグを取り付ける以前に、シムズクラフトのサイドバッグサポートを取り付けた。以下のような形状のものである。
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他社よりもスタイリッシュなサイドバッグサポート(シムズクラフトHPより)

犬吠埼〜外房へ・灼熱ツーリング

初回点検前にもう一度日帰り半日ツーリングに出かけた。人との接触は途中休憩のコンビニのみ。

朝5時30分に家を出て、エストレヤでW800駐輪場へ。
なんだかんだで6時出発。出発時のオドメーターは730kmほど。
日の出の時間には家の窓から見る東の空が明らんでいたが、京葉道路に乗って上空を見ると雲が広がっている。まだまだ涼しくて快適である。

今回のウェアは、化繊Tシャツと化繊のアームカバーの上にベスト型のプロテクターを装着、その上から肩と肘に軽いプロテクターが入ったメッシュジャケットを着た。下半身はインナータイプの膝プロテクターの上からパンチングレザーのジーンズ。腰のサポーターは必須である。靴は昔使っていてリソールしたスカルパの登山靴、ヘルメットの中にはメッシュのキャップとバフ。その中に水に浸して首に巻くネッククーラー。走っていれば何とか耐えられる服装であるが、信号待ちでは空冷エンジンから上がってくる熱気がすごい。

京葉道路で船橋〜花輪渋滞と穴川渋滞をクリアして、東金道路〜圏央道と乗り継いで松尾横芝インターで下り、音声ナビに従って犬吠埼を目指す。
8時過ぎ、20数年ぶりに犬吠埼にたどり着いた。子供がまだ小さい頃に電車を乗り継いで銚子電鉄に乗ってここまで来たはずだ。様子はほとんど変わっていない。寂れ加減がよろしい。
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犬吠埼灯台前にて

灯台前で写真を撮って、ツーリング継続。九十九里の海岸に沿った千葉県道30号をひたすら南下する。海は見えないが、有料道路を通るのとこの県道30号を通るのは時間的にさほど変わりがないと思われる。

10時過ぎになって、白子町のコンビニで休憩。朝が早かったのでサンドイッチとゼリー状の飲み物、コーヒーを腹に入れる。だんだん暑くなってきた。

ゆったり休むことはなく、またそそくさとバイクに跨がり、一宮へ。ソロツーリングは休憩時間がどうしても短くなってしまう。国道128号に出てサーファーがあちこち歩いている界隈を通過。このあたりだけ、なんだか千葉とはかけ離れたような場所だ。先日のオリンピックのサーフィン会場になった釣ヶ崎海岸を左手にみるが、もう仮設の会場施設は取り壊し始めていた。1ヶ月前に車で北上した時にはようやく会場施設が整った感があったが、早いものである。他の競技施設も含めて、たった2週間強のためにどれだけの金を費消したことか・・

国道をさらに南下すると、太東あたりから渋滞が始まった。渋滞原因は不明。途中で岬町長者方面に右折すれば渋滞につき合わずにショートカットできたのだが、土地勘がない場所なので馬鹿正直に大原までノロノロ南下して国道465号で大多喜方面へ右折した。あとは何となくの勘で大多喜を通過して国道297号で小湊鉄道と絡みながら市原方面へ北上する。半島内陸の方が外房の海岸沿いよりも確実に暑い。
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田んぼとW800

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房総の稲の生育はとても早い。もう稲刈りが間近。

まだトリップメーターが200kmを越えたばかりなのにフューエルランプが点滅し始めた。あれ、前回、前々回よりも70kmほど早いぞ・・渋滞があったからなのか?大多喜の小さなGSで10.5L入れたが、燃費は20.6km/Lになってしまう。前回33km/Lだったのだが、不安定なのには何か理由があるはず。

大多喜から素直に国道を通ったつもりだったが、なぜか長南町へ入り込んでいた。12時を回って、灼熱のツーリングになってきた。シートと密着しているモモ裏からお尻にかけての部分は空気が触れないので不快である。エストレヤのシートに付けてあるメッシュシートを付けた方がいいかも?
暑さでヘロヘロになりつつ、市原インターから館山道に乗り、そのまま京葉道路を経てW800の駐輪場へ。エストレヤに乗り換えて自宅に着いたのが14時だった。
走行距離は290km、オドメーターが1000kmを越えた。走行時間(休憩時間を除く)は約7時間だった。
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ROADSTOCKというアプリでツーリングログを取ってみた。スマホのバッテリーを食うのが欠点か。
時計回りのツーリング。

350km走って・・

W800納車後3回目の日帰りツーリング。一筆書きで350km走行。
朝7時にW800に乗り換えて駐輪場を出発。京葉道路(船橋料金所〜花輪)の渋滞が既にできていたので、首都高中央環状線〜湾岸線〜東関東道へ。
最初は千葉東金道路を通って犬吠埼までの往復にしようかと思ったのだが、東関東道に乗ってしまい、かつ京葉道路から千葉東金道路(宮野木JCT〜千葉東)の渋滞が発生していたので、風圧に耐えられる速度で東関東道をそのまま東に走り、まずは大栄PAで軽い休憩。大栄ICで高速から下りて、国道51号、国道355号を走りつなぐ。霞ヶ浦沿岸の国道355は快適なのだが、後ろのダンプが車間を詰めてくるので気分は良くない。

石岡で国道6号、あとは先日と同じ県道を通って桜川市へ。加波山を東側から見上げるところでバイクを停め、跨がったままで写真を撮る。
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近くから見上げる加波山はけっこう立派な山塊である。

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バックミラーの中に夏を感じる。

前回通った道祖神峠は今回はパス。約170km走って燃料の警告灯が点灯したので国道50号沿いのスタンドで給油。前回からトータルで270km走行、約10L給油した。このまま帰ることも考えてはいたが・・
まだ10時台前半なので、幹線道路を外れてループ状に3ケタ県道を走りつないでみる。人家もまばらな八溝山地の丘陵を縫っていく県道は軽トラ1台分しか道幅がないほど細くなったり、立派な2車線道路になったり。小川に沿った部分はいくぶん涼しい(さすがに大排気量の新車で荒れた舗装林道には入っていない)。
県道クエストの結果、たどり着いたのが美しい谷あいの棚田。
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最終目的地にしたわけではないが、偶然出会った棚田。

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美麗なマシンにもう少し寄ってみる。空冷バーチカルツイン、773cc。ボディカラーの青は落ち着いていていい。

最近、関東北部では大雨警報がしょっちゅう出ていて、雨とともに路面に流れてきた泥の乾いた塊があったり、斜面から滲み出た水が路面を流れていたりして、道が狭くてカーブの連続なだけに走行には気を遣う。通行止めもみられたので、12時ころ切り上げて帰路につく。帰りも御前山ダムのダム湖を経由してみる。やはり水際は涼しい。

帰りのルートはいつもの水戸線大和駅の脇を通る県道で、先日立ち寄ったセイコーマートで買った弁当を店先で食べ、かいた汗を補給すべく600mlの茶を飲み干す。腹がダブダブになりながら、午後の一番暑い時間帯に筑波山西麓から下妻市、常総市、坂東市、野田市を経て埼玉県側の江戸川沿いルートを南下。帰路は左手でクラッチを握ったり離したりする度に手首が痛むのに悩まされた。

最終的に自宅近くのセルフスタンドで5L給油して、オドメーターは720kmになった。桜川市で給油してから走行距離は170km、それで5Lということは燃費が33km/Lもあったということで驚き。
今日の全走行距離はだいたい350km。暑い中なのでしんどかった。そろそろ初回点検の相談をしよう。